テーマの戦略的意義/位置付け

本申請は、先進的なシステム構築・保守・運用手法である自己適応システム技術において、予め想定することが難しいシステムの適応進化動作を適切に制御することによる、高品質な自己適応システムの実現を目指して、現実の大規模複雑システムにおける自己適応システム技術のニーズを調査検討した上で、制御手法の可能性を明らかにするものである。

近年、システムの大規模・複雑化に伴い、環境の変化に対しても人が介在すること無く、動的に環境に適応するシステムが求められるようになっている。特にスマートホン、スマートハウス・ビルディングなど広範囲の消費者に普及したネットワークシステムや、クラウドコンピューティングなどの大規模サーバといった、大規模かつ複雑なシステムの管理においては、人手による環境の監視は極めて困難化しており、資源の最適配分や故障状態の自律的監視、稼働時の動的な構成変更が局所的に実現され始めている。また、ユビキタス環境下のシステムやセキュリティアタックを考慮したシステムに関しても、変化への適応が強く求められている。 このような背景から、環境や実行状況の変化に対しても、与えられたゴールを達成するために振舞いや構成を切替える自己適応システム技術が注目されている。

自己適応システム技術は、主にシステム工学、ソフトウェア工学の分野において1990年代後半頃から研究が始まり、2006年から現在まで、専門のワークショップ・シンポジウムである International Symposium (Workshop) on Software Engineering for Adaptive and Self-Managing Systems (SEAMS) が毎年開催されている。さらにはソフトウェア工学分野の最高峰の会議である International Conference on Software Engineering (ICSE)、および joint meeting of the European Software Engineering Conference and the ACM SIGSOFT Symposium on the Foundations of Software Engineering (ESEC/FSE) でも、近年自己適応システム技術に関する研究発表が続いている。

また日本においては、2011年3月11日の震災以降、想定を超えるような環境変化により、システムが停止するような状況でも、可能な限り迅速に回復できるという、レジリエンス(resilience)と呼ばれるシステムの性質が注目され、研究プロジェクトが開始されている(「システムズ・レジリエンス」)。自己適応システム技術も、レジリエンスの要素技術の1つとして重視されており、今後日本の研究コミュニティでも重要性が増すものと考えられる。

このように研究分野としては非常に注目されているが、実システム開発への適用はあまり進んでいないのが現状である。大規模かつ複雑な自己適応システムでは、動的な適応の結果としてシステムの各部分が刻々と変化してゆくことにより適応進化を遂げることとなる。近年の大規模複雑システムにおける環境変化は、多様、複雑、かつ急速であるため、適応進化動作もそのような特徴を備えることになる。したがってその適切な制御は容易ではなく、実用化に向けた品質の確保が困難である。そこで、実用的な品質を確保するために、適応進化動作の制御手法の確立が急務となっている。

具体的な問題点として、異なる品質特性間のトレードオフがある。たとえば地理的に広範囲に分散したクラウドコンピューティング環境において、通常時においては品質特性としてアクセス速度が重要であると考えられるので、データやサービスがアクセス頻度の高い地域の近くに配置されるように適応進化するのが有効である。しかし大規模な災害によりある拠点が利用不可となるような非常時の場合を考えると、その拠点のデータやサービスが適切に冗長化されていないために、利用できなくなる可能性があり、もう1つの重要な品質特性である可用性が損なわれることになる。このようにトレードオフ関係にある異なる品質特性に対して、適切にバランスを取れるように適応進化動作を制御する必要がある。

自己適応システムを適切に制御することにより品質を確保することを目的として、これまでに形式手法や制御理論といった技術の適用の研究が進められている。しかし現状では、研究レベルの規模と複雑さのシステムへの適用にとどまっている。実際の大規模複雑システムの適応進化においては、前述したように、異なる品質特性間のトレードオフなど、考慮が必要な問題点が多数存在するため、既存手法が適用可能かどうかが不明である。

そこで本申請では、まずスマートハウス・ビルディングやクラウドコンピューティング環境と言った、実際の大規模複雑システムにおいて、自己適応システム技術、および適応進化動作の制御手法に対しどのようなニーズがあるかを、異なる品質特性間のトレードオフ、およびセキュリティや安全性などの具体的な課題に即して、実験評価も含めて調査検討する。また前述した各種の先進的な制御技術について、大規模複雑な自己適応システムの適応進化動作への適用の観点から、研究の現状と将来的な見込みについて体系的に調査する。その上で、明らかになったニーズに対し、自己適応システム技術、および適応進化動作の制御技術がどのように貢献できるかについて調査研究を行う。これにより日本を含め世界的なシステム開発技術の研究と事業への多大な貢献が期待できるので、戦略的な意義が高いと考える。

申請する調査研究の位置付け

自己適応システム技術に関する既存の調査研究として[1, 2]がある。特に[1]の5章では、動作の保証に関する当時の研究状況をまとめている。しかし本文献は実際の大規模複雑システムの課題は想定していない。また自己適応システム技術への制御理論の適用も提案されている[3]。しかし本文献の手法は状態遷移モデルで表された単純な適応動作の制御にとどまっており、本申請が目指す複雑な適応進化動作の制御に適用可能かどうかは不明である。本申請は、実際の大規模複雑システムの自己適応における、複雑な適応進化動作の制御を想定して、実験評価も含めてニーズを明確化し、そのニーズに対する有効性の観点からの調査研究である点が、従来と異なる。

調査研究の概要

申請者らが持つ技術をベースにして、大きくは以下の3つに分け、できるだけ並行して産学共同での調査研究を行う。

1. 事例と将来ニーズについての調査研究

メンバーの実績を活かして、以下のような具体的な分野を設定して、大規模複雑な自己適応システムの適応進化制御に対するニーズや可能性について検討する。ここでは実際のシステムにおいて、想定外の環境変化のために発生した事故や不具合の事例などを参考にする。また頻繁な環境変化に対応するためにシステムを動的に変更する必要がある状況を想定して、そのビジネス的な可能性も検討する。

スマートハウス・ビルディング:近年家屋から高層ビルに至るまで、多くの建築物で各種センサのネットワークが張り巡らされるようになってきている。さらに電気製品も含めた屋内ネットワークを備え、加えてスマートホンなどの屋外の機器からもネットワークを通じて制御可能な、スマートハウス・ビルディングが急増している。このようなネットワークシステムでは、機器の故障などの様々な予期せぬ状況変化の度に人手で対応することは、実用性を大きく損ねる。そこで自己適応システム技術が有望だが、社会的影響を考慮すると品質が非常に重要である。

クラウドコンピューティング:近年急速に普及しているクラウドコンピューティングにおいては、利用可能な時間の割合を示す可用性や、その他トレードオフ関係にあるものも含め、多くの重要な品質特性がある。その向上のためには、高品質を目指した自己適応システム技術が必要である。

2. 自己適応システムの要素技術についての調査研究

自己適応システムの要素技術として、現状用いられているものを調査し、かつ今後用いられると予想されるものについて検討する。具体的な例として、次のようなものを想定する。

制御ループ:環境変化の監視、適応の要否も含めた分析、適応動作の計画、および適応動作の実行という手順を繰り返す。特に分析と計画において、人工知能技術がよく用いられており、その場合制御ループを実行するソフトウェアは知的エージェントの一種と言える。

アスペクト指向、文脈指向:プログラムの変更部分を表すソースコードの断片をアスペクトあるいは文脈と呼ばれるモジュールで表し、これらを動的にシステムに組み込む。

Models@run.time:UML などの記法で表現されたモデルからプログラムを自動生成するモデル駆動開発技術を用い、モデルから動的にプログラム自動生成・変更を行う。

3. 自己適応システムの適応進化制御技術についての統合的調査研究

1. で検討したシステム事例に、2. で検討した要素技術を適用可能かどうか、また既存および新規の制御技術により、1. で明らかになったニーズに対応可能かどうかを検討する。検討にあたっては、技術の一部を実際のスマートハウスなどの上で試作しての実験評価も行う。

参加者(敬称略)

主査

田原 康之(電気通信大学 大学院情報システム学研究科 准教授)

メンバ

大須賀 昭彦(電気通信大学 大学院情報システム学研究科 教授)

松本 一教(神奈川工科大学 情報学部情報工学科 教授)

田中 哲雄(神奈川工科大学 情報学部情報工学科 教授)

一色 正男(神奈川工科大学 創造工学部ホームエレクトロニクス開発学科 教授)

永井 保夫(東京情報大学 総合情報学部総合情報学科 教授)

中川 博之(大阪大学 大学院情報科学研究科 准教授)

粂野 文洋(日本工業大学 情報工学科 准教授)

佐賀 亮介(大阪府立大学 工学研究科 准教授)

清 雄一(電気通信大学 大学院情報システム学研究科 助教)

岩田 一(神奈川工科大学 情報ネットワーク・コミュニケーション学科 助教)

鄭 顕志(国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 助教)

長野 岳彦(日立製作所 横浜研究所)

川村 隆浩(東芝 研究開発センター)

西村 一彦(ボイスリサーチ)

竹之内 隆夫(NEC)

仙頭 洋一(三菱総合研究所)

調査協力メンバ

末永 俊一郎(国立情報学研究所 GRACEセンター 特任准教授)

高橋 竜一(早稲田大学 グローバルエデュケーションセンター 助教)

相澤 和也(早稲田大学)

片江 将希(早稲田大学)

田邉 萌香(早稲田大学)

参考文献

[1] B.H. Cheng et al., "Software engineering for self-adaptive systems: A research roadmap", In B.H. Cheng et al. eds., Software Engineering for Self-Adaptive Systems, pp. 1-26. Springer-Verlag, 2009.

[2] A. Filieri et al., "Self-adaptive software meets control theory: A preliminary approach supporting reliability requirements", In Proc. of ASE 2011, pp. 283-292, 2011.

[3] M. Salehie and L. Tahvildari, "Self-adaptive software: Landscape and research challenges", ACM Trans. Auton. Adapt. Syst., Vol. 4, No. 2, pp. 14:1-14:42, May 2009.

成果物一覧

1. 技術マップ

本技術マップは、調査対象論文を、次の観点から概要と特徴をまとめたものである。
  • 著者
  • 論文タイトル
  • 目的
  • 要素技術
  • 技術的特徴
  • 例題
  • システム変更の粒度
  • システム変更のタイミングの多様性
  • 適応の正しさの理論的な保証

2. 技術と事例の対応表

本対応表は、IPA 発行の下記教訓集に所収の障害事例と、障害への対策となりうる技術の提案となる調査対象論文との対応を示したものである。

参考資料

3. 障害事例への自己適応システムの適用例

本資料は、2. の対応表の中から、実際の障害事例に対し、自己適応システムの適用による対策の例を示したものである。

4. 研究成果

本資料は、1. の技術マップに基づき、本調査研究で得られた研究成果を示したものである。

活動報告

第1回(キックオフ)

日時:2014年7月18日(金) 15:00~17:30
場所:電気通信大学 西10号館 2階中会議室
参加者(敬称略):電通大 大須賀、田原、清、東京情報大 永井、日本工業大 粂野、NII 鄭、高橋、末永、片江、田邉、大阪大 中川、大阪府大 佐賀、東芝 川村
配布資料: 議事録:第1回議事録

第2回

日時:8月21日(木)15:00〜17:00
場所:国立情報学研究所20階2006号室
参加者(敬称略):SSR 事務局 佐藤、電通大 田原、清、堀田、NII 石 川、吉岡、神奈川工科大 一色、田中、松本、岩田、東京情報大 永井、 早稲田大 末永、大阪府大 佐賀、ボイスリサーチ 西村
配布資料: 議事録:第2回議事録

第3回

日時:2014年10月24日(金) 15:00~17:30
場所:電気通信大学 西10号館 2階中会議室
参加者(敬称略):神奈川工科大 佐賀、NII 鄭、相澤、片江、電通大 堀田、田原
配布資料: 議事録:第3回議事録

第4回

日時:12月8日(月)11:00〜13:00 場所:電気通信大学 西10号館 7階 743ゼミ室
参加者(敬称略):神奈川工科大 岩田、NII 鄭、電通大 清、堀田、田原
配布資料: 議事録:第4回議事録

第5回

日時:12月19日(金)13:30~15:00
場所:電気通信大学 西10号館 7階 743ゼミ室
参加者(敬称略):大阪府立大 佐賀(Skype 利用)、電通大 清、堀田、田原
配布資料: 議事録:第5回議事録

第6回

日時:2015年1月16日(金) 15:00~16:30
場所:電気通信大学 西10号館 2階中会議室
参加者(敬称略):日本工業大 粂野、NII 鄭(Skype 利用)、電通大 大須賀、清、堀田、田原
配布資料: 議事録:第6回議事録

第7回

日時:2015年2月9日(月) 15:00~16:30
場所:電気通信大学 西10号館 7階 743ゼミ室
参加者(敬称略):東京情報大 永井、粂野(Skype 利用)、NII 鄭(Skype 利用)、神奈川工科大 岩田、電通大 清、堀田、田原
配布資料: 議事録:第7回議事録

第8回

日時:2015年2月26日(木) 13:30~14:30
場所:電気通信大学 西10号館 2階中会議室
参加者(敬称略):東京情報大 永井、日本工業大 粂野(Skype 利用)、NII 鄭(Skype 利用)、神奈川工科大 岩田、東芝 川村、電通大 大須賀、清、堀田、田原
配布資料: 議事録:第8回議事録

第9回

日時:2015年3月16日(月) 13:30~14:30
場所:電気通信大学 西10号館 2階中会議室
参加者(敬称略):日本工業大 粂野(Skype 利用)、神奈川工科大 岩田、電通大 大須賀、清、堀田、田原
配布資料: 議事録:第9回議事録

第10回

日時:2015年3月23日(月) 13:30~16:00
場所:電気通信大学 西10号館 2階中会議室
参加者(敬称略):神奈川工科大 一色、田中、松本、岩田、東京情報大 永井、大阪府立大 佐賀、日本工業大 粂野、大阪大 中川、NII 鄭、NEC 竹之内、早稲田大 相澤、電通大 大須賀、清、堀田、田原
配布資料: その他資料:調査結果まとめ(永井教授)
議事録:第10回議事録